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20240616 教えてくれたこと

随分前に南雲先生に鍼灸師として生き残るのはどういう人かをお聞きしたら「人が好きじゃないと無理だよね・・・」とおっしゃっていました。
鍼灸師とは鍼と灸をする人なので鍼と灸が好きじゃないと務まらないのですが、同じくくらい人が好きじゃないと務まらない、そういう意味だと理解しています。
好きがあるなら嫌いも当然あります。最近、私自身が以前より人に対して好き嫌いが無くなったように自覚しています。
そうなった理由について考えたのですが、他人を評価することが無くなったからだと自己分析しています。その人のことをそのまま見ることが以前に比べて出来ているような気がするし、以前よりその人の良いところに注目するようになったように思っています。
私のスマホには「出来る人間の特徴」とか「使えない人間は決まってこれをする」とかそういった記事が沢山あります。それらに対して違和感を感じる自分でいたいです。働きバチや働きアリは、実際に働いているのは全体の半分以下で、多くは働いていないと聞いたことがあります。働く個体だけセレクトしても、その中で働く割合はやがて同じになり、働かなかった残りの個体の中でも一部が働きだして、結局はどのようにセレクトしても働く個体と働かない個体の割合は変わらない、そういった話でした。出来る人出来ない人、仕事をする人しない人とは、巡り合わせなような気がするのです。なので、その時点でのその人の評価は(そもそも評価をすること自体がどうなのかという考えもあるのだが)一方向だと思うのです。仕事をする人出来る人を軽く扱う気はもちろんないのだけれど、そうじゃない人を排除するような動きは社会を息苦しくさせると思うのです。
私は日々のお仕事で接する患者さんの向こう側に息苦しさからくるストレスがあるように思うのです。そういう私自身、もちろんストレスはあります。ただ、細かいことは置いといて、人が好きでいたいと思うのです。

南雲先生の真意は分かりません。ただ、理屈臭い私に対して、院長先生は目の前の人間に集中することの大切さを教えていただいたと理解しています。

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