慢性疼痛の病態形成における不動の影響
初めに
この文献は、運動器の外傷や手術後によって引き起こされた不動状態の結果として骨格筋に生じる筋萎縮、筋性拘縮、筋痛などの病態について説明しています。
体を動かさないことで筋肉や痛みがどうなるかについて、サイトカインによる機序まで含めて説明しています。
不動と慢性疼痛について
不動(身体の一部または全体が動かない状態)が慢性疼痛の発生や進行に影響を及ぼすことを示唆する臨床的な知見についてのポイントは以下のとおり
- 骨折患者の調査:足部骨折患者の57.1%が不動処置の治療後に機械的アロディニアを経験しました。
- 腰痛と安静:腰痛発症後4日以上の安静(不動)が、その後1年以上の機能障害を引き起こす可能性があります。
- ラットの膝関節炎:起炎剤の投与によってラット膝関節炎を惹起させた後にギプスを用いて患部を不動化すると、患部の痛みが持続することが明らかになっています。
- ラット足関節の不動:ラット足関節を底屈位でギプスで不動化すると、不動2週後から足底の痛覚閾値が低下し、その後は不動期間に依存して痛覚閾値の低下が顕著になることが明らかになっています。
- ヒトの前腕の不動:健常者23名の前腕を4週間ギプスで不動化すると、その52.2%に冷痛覚閾値の低下が、36.1%に熱痛覚閾値の低下が認められました。また、健常者30名の前腕を4週間ギプスで不動化すると、第1・2指間の圧痛閾値が低下し、しかもギプスを解除した3日後、28日後においても圧痛閾値の低下は持続していました。
以上のことから、ギプスなどを用いた身体の不動は、慢性疼痛の発生・進行に関与するリスクファクターであり、その病態形成に影響を及ぼしていることが示唆されています。
不動による骨格筋の可塑的変化
- 骨格筋は不動の影響を受けやすく、不動により筋委縮、拘縮、筋痛が発生して慢性疼痛に発展しやすい。いかに要点をまとめる。
- 筋線維萎縮の発生: ラット足関節不動モデルでヒラメ筋の筋線維横断面積が不動1週で有意に減少し、2・4週でさらに顕著に減少。不動1週で筋核のアポトーシスが増加し、筋核数が減少。筋核ドメインの縮小が筋線維萎縮の原因。
筋性拘縮
- 筋性拘縮の発生と進行:ラット足関節不動モデルのヒラメ筋では、不動1週で筋性拘縮が発生し、2・4週でさらに進行することが示されています7線維化の発生と進行:不動1週でヒラメ筋内のコラーゲン含有量が有意に増加し、これは線維化の発生を示しています。そして、不動4週ではコラーゲン含有量の増加がさらに顕著となり、これは線維化の進行を示しています。
- 筋性拘縮の発生メカニズム:筋性拘縮の発生メカニズムには、マクロファージを介したIL-1β/TGF-βの分子シグナリングの活性化、TGF-βによる線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化過程の賦活化に基づくコラーゲン産生の亢進が影響していると推察されます。
筋痛
ラットの足関節を固定したモデルでは、不動化後2週間で炎症性のM1マクロファージが有意に増加しました。
M1マクロファージからは、炎症性サイトカインと呼ばれるIL-1βが産生されます。このIL-1βの遺伝子発現も、不動化後2週間で有意に増加しました。
つまり、筋痛の発生には、炎症型マクロファージの増加とIL-1βの発現が関与していることが示唆されています。
さらに、遅発性筋痛の発生メカニズムには、神経成長因子(NGF)の発現が関与しているとされています。このNGFの含有量も、不動化後2週間で有意に増加しました。
これらの結果から、不動化が筋痛の発生に影響を与え、そのメカニズムには炎症型マクロファージの集積とIL-1β、NGFの発現が関与していることが示されています。
筋萎縮,筋性拘縮,筋痛の発生メカニズムのまとめ
筋核のアポトーシス(細胞の自己消滅)が発端となり、炎症型マクロファージが集積することで筋萎縮が発生し、筋痛の発生にIL-1βが関与していることが示唆されました。
さらに、IL-1β/TGF-βの分子シグナリングの活性化とTGF-βによる線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化過程の賦活化に基づくコラーゲン産生の亢進が筋性拘縮の発生に関与していると推察されました。
これらの事象をターゲットとすることで、効果的かつ効率的な治療戦略の開発が可能となると考えられます。
また、筋力低下や関節可動域制限、疼痛などの運動器の機能障害は、それぞれ異なる発生メカニズムがあるとされ、それぞれ別途にリハビリテーション治療が実践されてきました。しかし、疼痛の予防戦略の一つとして、運動習慣の確立が重要とされています。これは、不動環境の是正、改善を意味しています。そして、筋核のアポトーシスの抑止効果が高い筋収縮運動を不動後早期から実践することが、これらの症状を予防するために不可欠であるとされています。これは、急性期リハビリテーションの中心的プログラムである早期離床や早期からの運動がいかに重要かを支持しています。
私なりの感想
術後はなるべく早く動き始めるようになってから久しいが、改めて体を動かすことは良いことなのだなと思いました。サイトカインについての記述については文を追いかけただけで、頭に入ってこなかった。サイトカインについてはこれから、どんどん情報がアップデートされていく分野だと思っています。ただ、分かっているだけでも動かないことから始まる慢性疼痛への道のりが一本道ではなくいくつも分岐があって複雑だと思いました。結論を言うと痛みが出ない程度に動かすことが慢性疼痛を予防するために大事なのだろうけれど、それが案外難しいのだと思います。鍼灸の研究に炎症性サイトカインを減らす文献もあるので、そちらの文献もアップしていきます。(サイトカイン推し)。患者さんの中には「結局どうすればいいの?」と答えだけを求めてくる人が割と多くて、そういう人には「出来るだけ(出来る範囲内で)体を動かしてください。」と言っています。ただ、背景には体を動かさないことで炎症に似た現象が起きていて、そのために痛みが出たり筋肉が衰えたり、痛みが出やすい状態になったりしている、ということを理解していないといけないと考えます。