Fight or flight と視床下部
はじめに
- 急性ストレス反応 Fight or flight”反応は、心拍数増加、血圧上昇、呼吸数増加などの生理学的変化を引き起こす
- 手綱核の役割 手綱核は不安や恐怖の制御を通じて、闘争行動の選択的決断に関与する
- 視床下部の役割 視床下部は自律神経系と神経内分泌系の統合中枢として、急性ストレス反応を制御する
- オレキシンの役割 オレキシンは循環器系と呼吸器系を同時に活性化し、ストレス反応を調整する。
“Fight or flight”は、危険に直面したときの生物の反応を表す言葉です。心拍数や血圧が上昇し、筋肉への血液供給が増えます。これにより、体は迅速にエネルギーを産生し、危険から逃れるか対抗するための行動をとることができます。手綱核の役割について
序論
“Fight or Flight”反応は、脊椎動物が進化の過程で身に付けた、危機的状況に対処するための生理的反応である。この反応では、視床下部が司令塔となり、交感神経系や内分泌系、代謝系など多様な生体機能を統合的に制御する。外部からの脅威に直面した際、視床下部は自律神経系を活性化させ、ホルモンの分泌や代謝の亢進、情動の変化など一連の反応を引き起こす。このメカニズムは、Walter Cannon によって1929年に提唱された概念に端を発している。
本論文では、この”Fight or Flight”反応における視床下部の役割と、生理的変化のメカニズムについて詳しく解説する。さらに、この反応が臨床的にどのような意義を持つのかについても言及する。ストレス関連疾患への影響や、治療法への示唆を得ることができれば、この古くから知られている生理現象の理解を一歩進めることができるだろう。
視床下部による”Fight or Flight”反応の調節 – ストレス刺激の認識
外界からの様々なストレス刺激は、まず扁桃体・分界条床核で処理されます。この領域は視床下部防衛領域の1段階前の神経核であり、感覚情報の統合を担っています。扁桃体・分界条床核が刺激を受けると、循環器系と呼吸器系が同時に活性化されます。
この情報は次に、視床下部の外側野、背内側視床下部、脳弓周囲領域に存在するオレキシン産生細胞に伝えられます。これらの領域は「視床下部の防衛領域」と考えられており、オレキシン産生細胞がストレス反応の中心的な役割を果たします。オレキシン産生細胞は、摂食促進、覚醒維持、循環・呼吸のホメオスタシスを司る神経核に投射しているため、自律神経系を介して”Fight or Flight”反応を引き起こすことができます。つまり、視床下部はこのようにして外界のストレス刺激を認識し、中枢神経系と内分泌系を活性化させるのです。
視床下部による”Fight or Flight”反応の調節 – 中枢神経系と内分泌系の活性化
ストレス刺激が加わると、視床下部がその刺激を認識し、中枢神経系と内分泌系の活性化を介して全身的な防御反応が引き起こされます。まず視床下部の室傍核が重要な役割を果たします。室傍核の大細胞群からはアルギニンバソプレッシン(AVP)やオキシトシン(OXT)が分泌され、体液バランスや社会行動の調節に関わります。一方、小細胞群からはコルチコトロピン放出ホルモン(CRF)とAVPが分泌されます。これらのホルモンにより、下垂体前葉からACTHが放出され、最終的に副腎皮質でグルココルチコイドなどのストレスホルモンが産生されます。
室傍核の小細胞群には自律神経ニューロンも存在し、交感神経節前ニューロンへの投射により、交感神経系が賦活されます。このように室傍核は内分泌系と自律神経系の両面から、ストレス反応を制御しています。また、視床下部のオレキシン産生細胞が活性化されると、オレキシンがPVNのCRFニューロンを活性化させます。一方でCRFニューロンからオレキシン産生細胞への制御もあり、この相互作用によりストレス反応が統合的に調節されます。オレキシン産生細胞の活性化により、循環系と呼吸系の同時亢進などの生理反応が引き起こされます。このように視床下部は、神経伝達物質とホルモン分泌の両面から、Fight or Flight反応に必須の生理変化を統合的に制御する司令塔の役割を果たしています。
視床下部による”Fight or Flight”反応の調節 – 交感神経系の賦活化
視床下部はCRFやAVPの分泌を介して交感神経系を賦活する。室傍核の小細胞群から分泌されたこれらのホルモンにより、交感神経節前ニューロンが活性化される。また、オレキシン産生細胞の活性化も交感神経系の亢進に関与し、循環系と呼吸系の同時亢進が引き起こされる。
交感神経系の活性化により、様々な生理変化が生じる。最終効果器である褐色脂肪細胞では、β3アドレナリン受容体を介してミトコンドリア蛋白質UCP1が活性化され、熱産生が促進される。また、心筋のミトコンドリアカルシウム単一輸送体が活性化されることで、心拍数が増加する。このように視床下部は、ホルモン分泌と神経伝達の両面から交感神経系を活性化し、”Fight or Flight”反応に適した生理的変化を引き起こすのである。
視床下部による”Fight or Flight”反応の調節 – ホルモン分泌とその作用
視床下部は”Fight or Flight”反応において中心的な役割を果たしており、ホルモン分泌と神経系の両面から生理的変化を統合的に制御しています。
まず視床下部の室傍核の大細胞群からは、バソプレッシンとオキシトシンが分泌されます。これらのホルモンは末梢器官に作用し、心拍数の増加などの生理変化を引き起こします。一方、室傍核の小細胞群からは、コルチコトロピン放出ホルモン(CRF)やバソプレッシンが分泌されます。CRFは下垂体前葉に作用してACTHの分泌を促進し、最終的に副腎皮質からグルココルチコイドなどのストレスホルモンが産生されます。
また、室傍核の小細胞群には自律神経ニューロンが存在し、交感神経節前ニューロンに投射することで交感神経系を賦活させます。視床下部のオレキシン産生細胞は、室傍核のCRFニューロンを活性化すると同時に、CRFニューロンからの制御も受けています。このように相互作用することで、ストレス反応が統合的に制御されます。
さらに最近の研究では、骨から放出されるオステオカルシンも”Fight or Flight”反応に重要な役割を果たすことが明らかになっています。
生理的変化 – 代謝変化
“Fight or Flight”反応が引き起こされると、視床下部の指令により内分泌系と自律神経系が賦活化され、全身の代謝に大きな変化が生じます。まず、副腎からのグルココルチコイド分泌が増加し、肝臓での糖新生が亢進します。その結果、血中グルコース濃度が上昇します。一方で、膵臓からのインスリン分泌は抑制され、末梢組織での糖取り込みは抑えられます。しかし、交感神経刺激により、筋肉や肝臓ではグルコース取り込みが促進されるため、筋肉へのエネルギー供給は優先されます。
また、脂質代謝の面でも大きな変化が見られます。交感神経系と副腎皮質ホルモンの作用により、脂肪分解が亢進し、遊離脂肪酸の血中濃度が上昇します。さらに、肝臓ではこの遊離脂肪酸からケトン体が産生されるため、筋肉ではケトン体もエネルギー源として利用可能になります。加えて、交感神経系の活性化は、褐色脂肪細胞のUCP1を介した非震え性発熱を促進します。その結果、基礎代謝が上がり、全身の酸素消費量が増加した状態になります。
このように、”Fight or Flight”反応では、視床下部を介して内分泌系と自律神経系が協調的に作用し、血中エネルギー基質の動員と、特に筋肉へのエネルギー供給が優先されるような代謝変化が引き起こされます。これにより、危機的状況下での筋力発揮などに必要なエネルギーを効率的に供給できる体制が整えられるのです。
生理的変化 – 免疫機能の変化
“Fight or Flight”反応において、視床下部から分泌されるストレスホルモンは免疫機能に大きな影響を及ぼします。グルココルチコイドは、リンパ球の増殖や活性化を抑制し、サイトカインの産生を抑えるなどして免疫応答を抑制します。一方、交感神経系からのカテコールアミンは、リンパ球の遊走や抗体産生を調節することで免疫機能に影響を与えます。また、ストレスホルモンは、免疫細胞に直接作用するだけでなく、自律神経系を介して間接的な調節も行います。
このように、”Fight or Flight”反応では、ストレスホルモンにより免疫機能が一時的に抑制されます。これは、限られたエネルギー資源を他の重要な機能に優先的に振り分けるための適応反応と考えられています。危機的状況が去れば、免疫機能は正常に復帰するため、この一時的な免疫抑制は生体にとって合目的な反応なのです。
生理的変化 – 情動反応
Fight or Flight反応において、視床下部は交感神経系の活性化を通じて様々な生理変化を引き起こすだけでなく、情動面にも大きな影響を与えます。ストレス刺激が加わると、扁桃体が活性化され、恐怖や不安といった情動が生じます。扁桃体は情動中枢として機能し、情動体験の生成に関与しています。扁桃体は視床下部の防衛領域とつながっており、活性化された扁桃体は視床下部に働きかけ、Fight or Flight反応を促進させます。このように視床下部と扁桃体が相互に作用することで、生理反応と情動反応が統合的に制御されるのです。
生理的変化 – エネルギー動員
“Fight or Flight”反応では、視床下部の指令により全身のエネルギー動員が促進されます。まず、交感神経と副腎皮質ホルモンの作用で肝臓での糖新生が亢進し、血中グルコース濃度が上昇します。一方で脂肪分解も亢進し、遊離脂肪酸やケトン体の血中濃度も高まります。さらに、交感神経の活性化は褐色脂肪細胞の熱産生を促進し、基礎代謝が上がります。
このようにして糖質と脂質の両方がエネルギー源として動員されることで、筋肉への燃料供給が確保されます。同時に全身の酸素消費量と発熱量が増加し、活動に必要なエネルギーが効率的に供給できる体制が整えられるのです。つまり、視床下部は生命維持に不可欠な代謝制御の司令塔として機能し、危機的状況への適応反応を可能にしているのです。
臨床的意義 – ストレス関連疾患への影響
“Fight or Flight”反応は本来は生命維持のための重要な防御機構ですが、過剰に慢性化すると様々なストレス関連疾患の原因となります。視床下部から分泌されるストレスホルモンにより、交感神経系の慢性的な賦活化と代謝の亢進が引き起こされます。これにより、心拍出量と血圧が上昇し、動脈硬化が進行します。さらに、インスリン抵抗性も生じ、糖尿病のリスクが高まります。また、ストレスホルモンは免疫機能を抑制するため、感染症にかかりやすくなります。
精神面でも大きな影響があります。扁桃体は視床下部の防衛領域と神経回路を形成しており、ストレス入力によりその活動が亢進すると、不安や恐怖といった情動が増幅されます。慢性的なストレス状態が続くと、海馬での神経新生が阻害され、うつ病や不安障害を発症しやすくなります。さらに、前頭前野の機能不全も生じ、認知機能や情動制御の障害をきたします。このように、”Fight or Flight”反応の恒常化は、心血管系、代謝系、免疫系、中枢神経系に多大な影響を及ぼし、様々な臓器の機能不全を招きます。
ストレス過多が引き起こすホメオスタシスの破綻は、これらの器質的変化を通じて疾患の発症リスクを高めます。健康を維持するためには、ストレス対処法の実践が重要です。認知行動療法などで情動コントロールを行い、適度な運動や瞑想によりストレス反応を緩和させることが有効です。
臨床的意義 – 治療への示唆
“Fight or Flight”反応は本来生命維持のための重要な防御機構ですが、過剰に慢性化するとストレス関連疾患の原因となります。ストレスホルモンの慢性的な分泌は心血管疾患や代謝異常、免疫機能の低下などを招きます。精神面でも扁桃体と海馬の機能不全を引き起こし、不安障害やうつ病のリスクが高まります。したがって、この反応を適切に制御することが重要です。
認知行動療法による情動制御や、運動・瞑想によるストレス緩和は有効な予防・治療法となるでしょう。さらに、視床下部や自律神経系を標的とした新たな薬剤療法の開発も期待されます。”Fight or Flight”反応の制御を通じて、ストレス関連疾患の発症リスクを下げ、QOLの向上を図ることができます。
臨床的意義 – 行動療法の重要性
ストレス過剰状態を改善し、Fight or Flight反応を適切に制御するためには、行動療法が重要な役割を果たします。認知行動療法は有効な行動療法の一つで、ネガティブな思考パターンを修正し、ストレス対処スキルを身につけることができます。また、運動は体内のストレスホルモンを低下させ、気分転換にもなります。瞑想は心の落ち着きを取り戻し、ストレス反応を緩和する効果があります。このように行動療法には様々な選択肢があり、個人に合ったアプローチを見つけることが重要です。
行動療法を実践することで、Fight or Flight反応の過剰活性化を予防し、ストレス関連疾患の発症リスクを下げることができます。生理的な薬物治療と併せて行動療法を取り入れることは、心身の健康維持に不可欠です。行動療法はFight or Flight反応の管理において極めて重要な役割を果たしており、その重要性を十分に認識する必要があります。
結論
視床下部は”Fight or Flight”反応の司令塔として極めて重要な役割を果たしています。外的危機に直面すると、視床下部は自律神経系と内分泌系を賦活化させ、全身の生理的変化を統合的に制御します。この反応は生命維持に不可欠な防御機構ですが、過剰に慢性化すると様々なストレス関連疾患の原因となります。適切な制御が重要であり、行動療法による情動コントロールやストレス緩和が有効な対処法となるでしょう。
私なりの感想
視床下部は心と身体をつなぐところとして、注目しています。ただ、正直全てを理解出来ていません。今後も理解を深めていきます。視床下部は急性期の痛み等より慢性的な痛みや疾患に重要だと考えています。ストレスがかかるときに負荷がかかる場所ですが、過剰に負荷をかけないことと同じくらい休息を与えることが大事だと思っています。地球の裏側までつながる端末がいつも手元にある現代において休むことは本当に至難の業です。鍼灸をしているときはスマホフリーです。これって貴重な時間だと思っています。お待ちしていまます。慢性疲労症候群が視床下部のエネルギー不足から来ていることが示唆されていて興味深かったです。緊張することは悪いことじゃないけれど、無理しないことが大事だと思います。休むことが出来ない人は、脳の奥で炎症を起こしていることを思いだして欲しいです。