運動とストレス:急性自律生理反応の生成メカニズム
最初に
運動時には骨格筋の代謝需要が増加し、循環系の調節が必要です。この調節は自律神経系が担い、交感神経の活性化と副交感神経の抑制により心拍出量や心拍数が増加し、血圧が上昇します。運動時の自律神経系の制御には、運動昇圧反射とセントラルコマンドが関与します。心理的ストレス時にも自律神経の生理反応が起こりますが、その調節機構は運動時とは異なります。この論文では、運動時および心理ストレス時の自律神経制御機構について、過去から現在までの研究を俯瞰し考察しています。
運動時の自律神経調節メカニズム
運動時には交感神経が活性化し、副交感神経が抑制されることで心拍数や血圧が上昇します。これには運動昇圧反射とセントラルコマンドが関与しています。 心理的ストレス時にも交感神経が活性化しますが、運動時とは異なるメカニズムが働きます。例えば、恐怖心による徐脈が観察されています。
運動昇圧反射 (EPR)とは 運動時に骨格筋の機械的な歪みや乳酸などの代謝産物が筋感覚神経を脱分極させ、脳幹の循環中枢を刺激して交感神経活性を引き起こすフィードバック性機構です。 1893年にJohanssonがウサギ・イヌの後肢を動かすと昇圧・頻脈が生じることを示し、筋の刺激による循環調節を示しました。AlamとSmirkがヒト運動骨格筋が昇圧・頻脈を生じさせることを証明しました。
セントラルコマンドは、脳の高位中枢から発生する神経信号で、運動の意思決定とともに自律神経系を調節します。 運動時に心拍数や血圧を上昇させるために、交感神経を活性化します。これにより、骨格筋への血流が増加し、運動に必要な酸素や栄養素が供給されます。 セントラルコマンドは、運動制御のために脳高位で発生し、体性運動神経系を活性化するとともに、脳幹の循環中枢も刺激して交感神経活性を引き起こすフィードフォワード性機構です セントラルコマンドの具体的な脳内回路はまだ完全には解明されていませんが、延髄吻側腹外側野(RVLM)や中脳中心灰白質(PAG)などが関与していると考えられています。 セントラルコマンドは、運動時の自律神経調節において重要な役割を果たしており、今後の研究でさらに詳細なメカニズムが解明されることが期待されています。
ストレス時の自律神経調節メカニズム
ストレス時の交感神経活性化 ストレス時にも交感神経が活性化され、血圧の上昇や体温の上昇(熱産生)が引き起こされます。以下のような脳内回路が関与しています。
ラットをエアパフ刺激(ストレスを与える)すると、延髄吻側腹内側野(RVMM)が活性化されることが確認されています。 RVMMは交感神経性に血管運動神経緊張(vasomotor tone)を制御する領域です。
動物実験において、ストレスが視床下部背内側野から延髄縫線核が活性化され、ストレス性発熱を引き起こすこと、背側脚皮質/背側蓋紐から視床下部背内側野への投射経路によって制御されることが確認できています。恐怖ストレスと副交感神経活性 恐怖ストレスは、交感神経活性とともに副交感神経活性も引き起こします。心臓支配の副交感神経の起始核である延髄疑核は、PAG(中脳中心灰白質)の腹外側野からの投射を受け、恐怖ストレスによって活性化されます。 この中脳―延髄経路が恐怖時の副交感神経活性を駆動する可能性があります。
私なりの感想と鍼灸にできること
運動とストレスはどちらも交感神経活性を引き起こしますが、その反応を生成する脳内メカニズムは異なります。運動は快感を伴うことが多いのに対し、ストレスは不快感を伴うことが多いため、情動の違いが脳の作動機序に影響を与えています。一口に交感神経と言っても、詳細は全然違うのだなと理解出来ます。交感神経が活発になると言っても運動とストレスでは全然違うことは、言われてみたら誰でも分かること(運動自体がストレスなのだと言う人ももちろんいますが)なのに、意外に見過ごしている医療従事者がいるのではないか。自分自身その一人でお恥ずかしい限りです。知識として知らないだけじゃなく、相手を理解しようとする気持ちの欠落にも感じて反省しています。とは言え、ストレス時の自律神経調節メカニズムは複雑であり、さらなる研究が必要とされています。本当の本当は誰も分かっていない。それだけに、今後も同行をチェックします。
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