自律神経と消化器症状
はじめに
消化管(腸など)の内側からのシグナルは、腸の壁を通じて脳に伝わります。この経路のどこかに異常があると、消化管に不快な症状が現れることがあります。逆に、脳に異常があると、視床下部―下垂体―副腎軸や自律神経系を通じて腸の機能が乱れ、消化器の症状が引き起こされることもあります。これらの双方向の制御機構のいずれかに問題が生じると、消化器の症状が出るのです。
最近の研究によると、腸内の細菌バランスが崩れると、腸の内壁に微小な炎症が起こり、その炎症が炎症性サイトカインや消化管ホルモン、神経伝達物質を介して脳に影響を与え、消化器の症状を引き起こすことがわかっています。また、心理的なストレスや生育期の問題も、腸の機能や症状の感じ方に影響を与えます。
このような脳と腸、そして腸内の微生物の関係は「脳-腸-腸管微生物軸」と呼ばれ、消化器症状の理解に重要な手がかりとなっています。
1 腸管機能制御系
消化管の機能を制御する仕組みには、いくつかの神経系があります。具体的には以下の3つです:
1腸管神経系(ENS):
- 粘膜下神経叢(Meissner’s plexus): 腸の内側の神経ネットワーク。
- 筋層間神経叢(Auerbach’s plexus): 腸の筋肉層の間にある神経ネットワーク。
- カハール介在細胞(Interstitial cells of Cajal): 腸のリズムを作る特殊な細胞。
2自律神経系(ANS):
- 迷走神経: 脳から腸に信号を送る主要な神経。
- 骨盤神経: 骨盤付近の神経。
3中枢神経系(CNS):
- 脳と脊髄からなる神経系。
これらの神経系は、複雑に絡み合って消化管の機能を制御しています。さらに、消化管ホルモンの研究によって、腸の内側にある内分泌細胞が神経やホルモンを通じて腸の機能を調整していることがわかっています。また、免疫系(特に樹状細胞など)も腸の機能に関わっています。これらのシステムは、腸の内側の環境の変化、生体機能の変化、外的な環境の変化に効率的に対応するようになっています。これらのシステムは自律的に働くため、広い意味で「自律神経系」と呼ばれることもあります。
2.腸管機能制御系の変調と兆候および症状
消化器症状は消化管自体の器質的障害や消化管機能制御機序の変調によって発生します。腸管内環境は摂取する食物や腸内細菌の状態によって影響を受け、粘膜面の炎症や免疫異常が敏感に反応します。消化管末梢の刺激は中枢神経系へ情報として伝達され、神経系と内分泌系を介して情報が伝わり、多くの生理的変化はフィードバック機序によって制御されます。
消化器症状の診断には、まず内視鏡検査で消化管粘膜の異常を確認します。器質的な異常がない場合は、管腔内容物の移動状況を確認し、機能性消化管障害を考えます。機能性消化管障害は器質的異常がないが、機能障害が発生することがあります。
脳と腸が相互に影響し合う「脳腸軸」によって機能性消化管障害が発生すると考えており、心理社会的ストレスが脳機能と消化管機能に影響を与えることが示されています。これらの症状は患者の生活の質(QOL)や受療行動に影響を与え、多くの要因が絡み合って発生するため、診断と治療には多角的なアプローチが必要です。
3.腸管機能制御系変調の原因 末梢性
腸の状態が脳に影響を与え、逆に脳の状態も腸に影響を与える「腸-脳相関」は、自律神経系やHPA軸(視床下部-下垂体-副腎軸)を介して行われます。近年、腸内細菌叢(腸内の細菌の集まり)が腸管の環境を変化させ、免疫反応や炎症反応を引き起こすことがわかってきました。これにより、自律神経や消化管ホルモン、炎症性サイトカインを介して脳に影響を与え、消化器症状を引き起こすと考えられています。
また、腸管の粘膜上皮を保護する粘液が細菌や他の物質によって破壊されると、粘膜が炎症を起こしたり、タイトジャンクション(細胞間の結合)が破壊されてしまいます。これにより腸管粘膜の透過性が増し、leaky gut(腸漏れ)状態となります。粘膜透過性の増加はさらに炎症を悪化させ、神経系の過剰反応を引き起こし、内臓知覚過敏や異常な感覚を生じさせます。
さらに、腸内刺激によりenterochromaffin cell(ECC)からセロトニン(5-HT)が放出されます。セロトニンは血流を通じてさまざまな反応を引き起こします。腸内細菌叢や腸内の環境が腸の粘膜に影響を与え、その結果として脳や神経系に影響を及ぼし、消化器症状を引き起こすというメカニズムが説明されています。
4.腸管機能制御系変調の原因 中枢性
消化管障害に関する研究が進む中で、中枢神経系、特に視床下部や扁桃体の機能変調が重要な研究対象となっています。消化器症状の発現には、脳と腸の相互作用が大きく関与しており、この関連性に関する研究が活発に行われています。
様々なサイトカイン(IL-1、IL-4、IL-6、IL-10、INFγ、TNF)や神経伝達物質(ヒスタミン、セロトニン)が腸管から分泌され、中枢神経系の機能変調に大きな影響を与えることが明らかになっています。これらの物質が腸内の環境を変化させ、結果として脳に影響を及ぼすことが示されています。
特に、パーキンソン病においては、主要な病態であるαシヌクレインの神経内集積が腸の微細炎症(leaky gut)から始まることが確認されています。αシヌクレインが腸管グリアに凝集し、腸管の神経線維や神経叢に広がることがわかっており、この現象は他の神経変性疾患でも起こると考えられています。
腸から中枢に至る内臓痛の経路は、脊髄神経を通じて視床を介し、島皮質や前帯状回、中帯状回へと放射することが解明されています。この経路に対して、腸管感染、食品、ストレスが影響を与え、精神疾患との関連も明らかになってきています。
5.腸管機能制御系変調の原因 情動要因
心理社会情動ストレスが腸管機能に与える影響は、自律神経系やHPA軸(視床下部-下垂体-副腎軸)を通じて顕著に現れます。ストレスがかかると、視床下部から副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)が分泌され、これが下垂体前葉に作用して副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌を促します。ACTHは血液を通じて副腎皮質に到達し、コルチゾルの分泌を引き起こします。同時に、交感神経系の活性化によって副腎髄質からアドレナリンなどのカテコラミンの分泌も促進されます。これらのホルモンや神経伝達物質は消化管の機能に様々な変化をもたらします。
また、腸管の微細炎症によって放出される炎症性サイトカインは抑うつ症状の発症や悪化に寄与し、これが機能性消化管障害の認知や受療行動に影響を与えます。特に便秘は抑うつ症状と強く関連していることが示されています。心理的なストレスが腸管機能に影響を与える仕組みとして、視床下部からのホルモン分泌や交感神経系の活性化が深く関わっており、さらに腸の炎症が抑うつ症状を引き起こし、それが消化管障害に影響を及ぼすことが明らかになっています。
6.腸管機能制御系変調 総括的視点
機能性消化管障害は、臨床的には主に症状が現れる臓器ごとに分類されますが、実際には症状が複数の臓器にわたる場合や、主な症状が変わる場合があります。これは、症状を引き起こすメカニズムが特定の臓器だけに依存していないことを示しています。脳と腸の間のシグナル伝達は、神経経路だけでなく、消化管ホルモン、炎症性サイトカイン、神経伝達物質なども関与しており、これらの伝達物質は特定の臓器に限らず全身に影響を及ぼします。そのため、症状が特定の臓器に限定されず、症状重複や症状シフトが起こる要因となります。
私なりの感想
脳と腸の関係が言われるようになってから久しい。最近は腸管の方が脳より上といったニュアンスで語られることが覆いように思っています。(例えば、受精卵から派生する際に脳より先に腸管が出来るとか、腸管内の菌の数は人体の細胞の数より圧倒的に多いとか。)どちらが上なのかは分からないけれど、腸という別の生き物と共生しているという感覚はあります。例えば腹を使った慣用句に「腹の虫の居所が悪い」とか「腹の中までは分からない」とか「腹を決める」とかあるが、昔の人はお腹が脳に与える影響を感覚的に分かっていたのだと思います。この文献を読むとお腹の環境は本当に大事だと分かります。脳が腸に影響を与えると同時に腸が脳に影響を与える。どちらが先かは言い切れないけれど、お腹の調子を整えることはとても脳にいい影響を与えると思いました。鍼灸は、お腹の調子を整えることで自律神経のバランスを改善する効果があります。多くの患者様にこの治療を施してきましたが、改めて健康維持において有効だと思いました。
ストレスは万病のもと