
おからだ治療院のシバクサです。
おからだ治療院は、札幌市豊平区平岸にある鍼灸整体院です。慢性的な肩こりや腰痛に悩まれている方を全力でサポートし、回復のお手伝いをしています。
肩こりや腰痛の原因は人それぞれで、さまざまな要因が複雑に絡み合っていることが多いです。おからだ治療院ではまず丁寧な問診を行い、患者さま一人ひとりの状態をしっかりと把握することを大切にしています。清潔で落ち着いた雰囲気の院内で、リラックスしながら施術をうけてください。
日々の治療や学びを通じて感じたことや、健康に関する役立つ情報、趣味の話なども交えながら、ブログを書いていきます。読んでくださる方に笑顔や元気をお届けできるよう、書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
先日、本棚を整理していたところ、昔読んだ本がいくつか出てきました。その中でにビートたけしさんの『間抜けの構造』がありました。「間抜けの構造」というタイトルが「いかにも」と思うのは私だけでしょうか。
ご存じの通り、ビートたけしさんはお笑いの世界から出てきた人物です。その彼が、「間とは何か」「間抜けとはどういう状態なのか」を、自身の経験や当時の時事ネタを交えながら考察している一冊でした。「間が悪い」という言葉はよく使うけれど、じゃー「間がいい」とはなんだ。そもそも“間”とは何なのか——そんな問いかけから始まっていた記憶があります。確かに、自分や誰かの言動「間が悪い」と感じることはあっても、「間がいいな」とは思わないのではないでしょうか。
本の中では、さまざまな例を出して「間」について語られていますが、特に印象に残っているのが、美空ひばりさんのエピソードです。昭和を代表する大スターである美空ひばりさんに楽屋で挨拶をした際、こちらを向いて「あら、たけちゃん」と声をかけられ、その圧倒的な存在感に飲み込まれてしまい、うまく言葉が出てこなかった——「間とは何か」を考えさせられる例だと思います。
この「間がいい」「間が悪い」という感覚は、今の自分の仕事を考えるうえでも、無視できないテーマです。私なりに「間とは何か」を言葉にすると、それは「相手と自分がいるということを、前提にしているかどうか」ではないかと思います。
間が悪いと感じる場面を振り返ると、多くの場合は思考過程の前提に相手が不在なことが多いのではないでしょうか?相手の存在が十分に見えていない状態で自分の考えや感情を発言することで、おかしなことになっているように思うのです。相手がないケースと同じように自分がないという場合もあるように思っています。何を聞いても当たり障りのない言葉を探して返答する人も往々に間が悪いと思っています。
本来、間というものは「自分」と「相手」がいて、その間に生まれると思っています。相手の存在を受け入れ、それを前提にした自分の言動があって初めて、間は成立します。つまり、「間が悪い」のではなく、そもそも「間が存在していない状態」なのではないか——私はそう考えています。
もうすぐ選挙が終わり、誰が国会議員になるのかが決まります。政策の内容が重要であることは言うまでもありません。ただ、最近は世界的にも、尖りすぎた政策や主張が増えているように感じます。そうした考え方には、「相手がいる」という前提が崩れているように思います。自分の言い分だけ、自分の都合だけ。そこには「間」がなく、言い換えれば「間抜けな構造」が生まれてしまっているように思います。
単純に「思いやり」という言葉だけで政治を語ることはできませんが、政治も政策も、相手がいてこそ成り立つものです。そこに人がいるという前提を大切にした政治を、私は望んでいます。
相手の存在を欠いたまま進められる政治や政策は、ビートたけしさんの言う「間抜け」に当たると私は考えますが、どうでしょう?
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