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20240327 新しい技術

新しい技術は批判の対象になりがちですが、私は新しいモノ好きなので新しい技術に肯定的です。特にインターネット(又はその周辺)は批判の対象になりがちですが、私は大好きです。そもそもですが職業柄、調べものが欠かせません。だからネットは必須アイテムです。
話はそれますが、私は学習という定義を広くとらえています。自分の脳神経の更新すること全体を学習だと考えています。学習は人生を豊かにすると思っています。もちろんインターネット(又はその周辺)に批判的な人がいてもいいと思うし、批判的な人が自分より学習していないと思わないが、もったいないように思っています。
最近、私は自由エネルギー原理に興味があります。これが滅茶苦茶面白い。脳神経が学習する仕組みを数学的な視点から定義づけしています。とりあえず、細かい数式の概念(確率だったり積分だったり対数だったり)の説明は横に置いておいて、私の語彙の範囲で説明すると、「人の理解は仮説と検討を繰り返した積み重ねで出来ている。」になります。こう書くとそりゃそうだろ、と思うけれど、ここが奥深くて。そもそも人の認識というのが適当すぎるそうです。例えば今、車が動いている様子を見ていたとします。向こうから車がやってきて自分の前を通り過ぎたとして、その時、自分たちは動いている車を見れているつもりで、実際は違うそうです。実際はパラパラ漫画のように視覚自体は見えていて、あとは全部脳みそで補完しているのだそうです。実際補完する機能が損なわれるとパラパラ漫画のように認識するのだそうです。では、どのように補完する機能が脳に備わったかというと、それが過去の学習の結果なのだそうです。自分たちは車がこのように動くものだという認識を過去の経験から仮説と検討を繰り返した結果から学習したのでそのように補完出来ているのだそうです。
仮説と検討を繰り返すとき、一番真実に近い仮説を立てる時が一番、脳の負担が軽いそうです(つまりエネルギーが一番かからない)。そうなるように仮説を作る(具体的には脳の神経細胞のつながる。)この繰り返しで今の認識機序が出来ているそうです。
ここからは私の想像だけれど、正しく仮説を立てないとパラパラ漫画のような世界を信じるのかも知れないし、そのような不自然な動きをする物体を悪魔の手先だと思うのかも知れない。コロナワクチンにマイクロチップがどうこうと言う輩は案外これに近いのかも知れないと思っています。
話せば長くなるから今日はこの辺で。

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